2004年 08月 15日

自宅練習での格闘 ~言葉とメロディ~byともべ

古い時代の音楽をうたうようになって特によく注意されるようになったのが、言葉を大事にした歌い方のことでした。

うたが、メロディラインの美しさだけでなく、言葉を使用したメッセージをともなうということが1つの特徴であるとすれば、その言葉に注目して大事に歌うべき、ということは、おそらく誰でも理解できる理屈であると思われます。
しかし、言葉を大事にした歌い方というのはいったいなんでしょうねぇ…。大事にしたいと思っていてもなかなかそうなってくれないものです。。。

きっといろいろな方法やアプローチの仕方がある中で、私が教わった方法はとても私の好みにあったようで、私にとってその練習は、言葉を明確にするのみならず、歌いやすく、音程もさだまり、身体もらくになるというやりかたでした。なぜだか、歌おうとすると響きがへんにこもったり、喉で作ろうとしてしまったりする方向へいってしまいがちな私なので、喋る、というごく自然にしている筋肉の動きが、よぶんなものを落としてくれるポイントになっているのかもしれません。

そういうわけでこれを教えてくださった師には本当に感謝が絶えないのでありますが、3月に波多野睦美氏のセミナーに参加した折に薦められた方法も、このようなものであったと理解しており、ますますありがたいやりかたと感じております。

それは言葉で書くのはなかなか至難の業でありますが、1つ、大まかなイメージは、演劇のように非常に高いテンションで語るあのような音です。「おぉ、ロミオさま、あなたはなぜロミオさまなのでしょう」というようなセリフがあったとして、それを情感たっぷりに愛する人へ語るように、そして自分の感情の高まりにそった息遣いで喋る。そんなイメージの音、テンションを思い浮かべてください。そのような喋り方、少しよく響く通る声で。

そのままのテンションを、自分がうたう歌詞にあてはめて喋ってみます。
喋りながら、いったいどんな気持ちをこの歌詞に託すのかを、非常に具体的にイメージし、なんどもなんども喋ります。それはまるで、役者がそのセリフを、どんなトーンで言うかを練っているような感じです。高低があり、音色が違っていて、「あぁつらい」「あぁかなしい」「あぁなんてすばらしい」というような気持ちがトーンにちゃんと反映されている音です。同時に、ちゃんとその発音が正しく発音されているかもチェックします。母音は?子音は?
そして自分のその単語への気持ちがなんとなく定まって、言葉が口に馴染んできたあとに、テンションはそのまま高めておいて、拍をとり、楽譜の中のリズム通りに喋ります。
そうすると、初めかならず違和感があります。必要以上にのばされた部分があったり、早くいかねばならなかったり。しかしそれが作曲家が思った長さなのですね。
その作業の中で、あぁ、そうか、作曲家はこの単語はこういうふうに言いたかったのね、という1つの納得が生まれます。ひょっとすると勘違いか誤解かもしれませんけどね(笑)
しかしその自分なりの納得ができてきたら、もうそれはそのまんまうたに移行できるのです。
ほんのちょっと音程を入れるだけ。

しかしこのとき要注意なのは、音程を入れたとたんにこれまでの感覚が薄れそうになることです。
気をしっかり持って、自分の感覚の中で、その単語をどのように喋りたかったかを60%くらいに注意してたもち、音程のことは20%くらいをうっすら思っておくくらいがいいかもしれません。あとの20%は、冷静に、まるで傍観しているくらいの感覚を残しておくくらいかしら。無論、音程は音程で、しっかりとっておいて、ということになるかと思いますが。

たいていの場合、リズム読みというのはひどい棒読みか、つまらないようなお経のような感じになるのですが、非常に抑揚をもたせて、すこし芝居がかってやることがこの練習のポイントで、そのように喋ると、私はとっても楽しくなってしまって、どんどんのってきてしまいます。
問題は正しい母音や子音でできているかどうかですよね。もうこれは録音してみるか、先生にお任せするほかないかもしれません。

私の場合は、古楽やポップスやジャズのようなもの歌うときに、この方法は同じように有効だなぁと思っております。どうぞお試しあれ♪

(ともべ著)
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by bctapestry | 2004-08-15 01:14 | 練習日記


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